
松澤さんの目撃情報、エピソードなどお寄せください!(募集期間:2025年3月16日まで)
松澤さんは芸術家であると同時に、定時制高校の教師であり、夫であり父であり、御柱好きであったりと、さまざまな顔がありました。芸術家としての松澤さんに関するエピソードや情報は多々あるものの、普段町でどのように暮らしていたのか、町の方々とどのような交流があったのか、に関する情報は多くありません。「松澤宥生誕103年祭」では、松澤さんの新たな一面を探るべく、松澤さんに関する目撃情報やエピソードを募集しています。こんな話をした、通りを歩いているのをよく見かけた、松澤さんに教わったことがあるなど、あなたと松澤さんにまつわるエピソードをどしどしお寄せください!お寄せいただいた情報は、まとめて展覧会でご紹介する予定です。
例えばこんな方!
⚫︎1949年〜1984年までの間に諏訪実業高校定時制下諏訪分校の生徒だった方
1946年に早稲田大学を卒業後、東京の建築事務所に就職した松澤さんですが、1948年には下諏訪へ帰郷、1949年から1984年まで35年間(以降も1986年まで常勤講師として勤務)諏訪実業高校定時制下諏訪分校にて教鞭をとりながら創作活動を続けました。この間諏訪実業高校定時制の学生だった方、松澤さんはどんな先生だったのでしょうか。エピソードをお待ちしております!
⚫︎町で見かけた、あるいは接したことのある方、あなたの記憶に残る松澤宥について教えてください!
・松澤さんは郵便という手段で、日本をはじめ世界中の芸術家らと交流をしていたため、ほぼ毎日のように郵便局へ通っていたらしい。
・図書館へよく調べ物をしにいったらしい。
・松澤さんは木遣が大好きで展覧会のオープニングなどで頼まれるとよく通る声で木遣を披露していたらしい。
・お酒は下諏訪の地酒「御湖鶴」を好んだらしい。
・地元の住民の展覧会や演劇公演によく出かけていたらしい。
あなたの見かけた松澤宥について教えてください!
情報のお寄せ先:
御田町文化研究会 メール:mitaken.1911@gmail.com
注意:
・いただいた情報は一部、もしくはそのまま展示に使用する場合があります。あらかじめご了承ください。
・お名前、ご連絡先の電話番号、メールアドレスなどいただいた個人情報は本展覧会以外の目的には使用しません。