生涯を知る11のエピソード 5

5. 真夜中の声「オブジェを消せ」(1964年)

1964年6月1日真夜中に「オブジェを消せ」との声を聞き、三日三晩考えたあげくにそれ以後絵画、オブジェなど今までの美術制作を止め、文字だけを使って表現しようと決意。伝説的な「観念美術宣言」。以後「物質消滅」「人類消滅」「万物消滅」「消滅」がテーマに。

虚のプサイの部屋 実のプサイの部屋 1964  この二つの間に「ニルのプサイの部屋 2222」がある
(「松澤宥・ψの宇宙」(諏訪幻想社 1985)P.216/218)

現代美術史上有名な松澤宥の「観念美術宣言」。松澤は1964年6月1日深夜夢の中で「オブジェを消せ」との声を聞き、三日三晩考えたあげくにそれ以後文字だけを使って表現しようと決意した、と述べています。

これ以降いわゆる絵画やオブジェを作ることはやめ、「目に見えない世界」「物質でないもの、形がないもの」を表現とし、言語が主な表現手段に。「美術を言葉だけで表現する」ということに松澤はさまざまな方法で取り組みます。

美術史家の富井玲子さんは、松澤の「観念」という言葉が、「概念」の類語、単なる「アイデア(英語のidea)」という意味だけでなく、浄土宗仏教の「観念」=「観じ念じて」心の目で<仏>という不可視なるものを見るための瞑想」という意味に近いのではと指摘し、非物質で不可視なものを身体的な目でなく、心の目で見ることを可能にするのが<観念>と述べています。(松澤宥展 Gallery G  富井玲子氏、アラン・ロンジーノ氏、植田信隆氏、松波静香氏によるオンライントーク)

物質の消滅」という以後の作品を貫くテーマがここに明らかに。「物質」に振り回される現代文明への疑問、警鐘と、その危機を乗り越えるための方法の模索、というと単純化しすぎですが、「反物質」「反現代文明」という視点は一貫しています。

さらに「物質消滅」のみならず「人類消滅」「万物消滅」「消滅」という生涯を貫くテーマが明確に。

富井さんは、「(前略)松澤宥の観念美術は西洋近代の啓蒙主義に発する合理主義と人間中心主義の帰結として『間違えたものを作り、世界大戦を起こした人類』への根源的な批判だった」とも述べています。

究極の形で「物資の消滅」をアートとして実現したのがこの年12月に行われた「荒野におけるアンデパンダン展‘64」。『美術ジャーナル』の誌面に広告として発表された、おそらく史上最初で最後?の「無形のもの」だけによる美術展。この「作品」について詳しくは、別のコーナーで。

でも、ご本人には叱られるかもですが、「オブジェを消せ」以降の作品も「もの」や「デザイン」として見てみると、とても面白かったり、美しかったり、ユニークなものが実は多いのでは。「作品」のコーナーでご覧ください。